東京の美容師が佐賀で出会った、キュウリ農家という選択肢
中野 智樹さん
東京都→武雄市
- 移住種別Iターン
- 移住の時期2026年
- お仕事きゅうりトレーニングファーム
- 休日の過ごし方 ドライブ、野球観戦
「朝起きて、仕事に行きたくないなと思うことがなくなりました」
そう話すのは、2026年3月に東京から佐賀県武雄市へ移住した中野智樹さん。
奈良県出身の中野さんは、20歳で上京し、東京で12年間、美容師として働いてきました。現在は武雄市の「きゅうりトレーニングファーム」で学びながら、キュウリ農家としての独立を目指しています。
“農家の家に生まれたわけでもない。”
“農業に憧れていたわけでもない。”
そんな中野さんが、なぜ農業という道を選んだのでしょうか。話を聞くと、そこには移住を考える多くの人が抱える「仕事への不安」と、それを支える佐賀県ならではの仕組みがありました。
将来の自分が見えなかった
――もともとは美容師をされていたそうですね。
中野智樹さん(以下:中野):はい。東京で12年間、美容師をしていました。最初は30店舗ほど展開する美容室に就職して、その後は日本橋や清澄白河周辺の美容室で働いていました。途中からは採用担当も兼任していて、美容学生に会社の魅力を伝えたり、採用に関わったりする仕事もしていました。美容師と人事を半分ずつやっているような感じでしたね。
――美容師として長く働かれていたんですね。
中野:そうなんですけど、将来を考えたときに、このままずっと美容師を続けるイメージが持てなかったんです。40代、50代になった自分の姿が見えなかったというか。美容師という仕事が嫌だったわけではありません。でも、自分で美容室を経営したいという気持ちもありませんでした。だから、何か別の仕事をしたいなと思うようになっていました。
東京じゃなくてもいいと思っていた
――東京での暮らしに未練はなかったんですか?
中野:実はあまりなかったんです。東京には12年住んでいましたけど、いわゆる東京らしい暮らしをしていたわけじゃなくて。おしゃれなカフェに行ったり、流行のスポットに行ったりするタイプでもありませんでした。むしろ人混みは苦手でしたし、休みの日も近所で過ごすことが多かったですね。
中野:給料は下がるかもしれないけれど、家賃や物価も違う。手元に残るお金は、むしろ地方の方が多いかもしれない。そう考えると、東京にこだわる理由はあまりありませんでした。
移住よりも、仕事のほうが不安だった
――佐賀への移住は、すぐに決まったんですか?
中野: 移住先として佐賀を選ぶこと自体は、そこまで大きく悩みませんでした。妻が佐賀出身だったので、将来的にはどちらかの実家の近くに住んだほうがいいよね、という話は以前からしていたんです。
僕自身は奈良に強いこだわりがなかったので、「だったら佐賀かな」という感じでした。でも、移住してから何を仕事にするかは悩みました。佐賀へ行くなら、美容師はやりたくなかったんです。美容学校の先生になることも考えました。でも、30代で新しいことを始めるなら、もっと違う選択肢もあるんじゃないかと思っていました。
――考え出してから、どのくらいで移住をしたんですか?
中野:一度勤めていた美容室を離れて、2年間ぐらいはフリーランスの美容師として働きながら、移住のことを調べたり、佐賀でできる仕事を調べたりしながら、とにかく情報を集めていました。美容師として働く選択肢もあったとは思います。でも、それを一生の仕事にする未来は見えない。だからといって、はっきりと「これをやりたい」という仕事があったわけでもありませんでした。
本当に、「何をしようかな」という状態でしたね。
――そこから農業につながるんですね。
中野:妻の幼なじみの旦那さんが佐賀で農業をしていて、その話を聞いたのがきっかけでした。そのとき初めて、「あ、農業という選択肢もあるんだ」と思ったんです。でも最初は、自分には関係のない世界だと思っていました。
――確かに農業を選択肢として選ぶことって日常生活の中では、なかなかしないかもですね。
中野:そうなんですよ。農業は、農家の家に生まれた人や、農業とのつながりがある人がやる仕事だと思っていたので。東京から来た未経験の人間にできる仕事じゃないと思っていました。ただ、フリーランスになって時間ができたことで、いろいろな情報を集めるようになっていました。その中で出会ったのが、東京ビッグサイトで開催されていた農業イベントでした。
――なるほどですね!
中野:イベント会場で佐賀県のブースに立ち寄ったとき、トレーニングファームの話を聞いたんです。未経験から始めた人も多く、卒業生もいる。それを聞いたときに、「それなら自分でもいけるんちゃうかな」と思いました。
※トレーニングファームとは、未経験者でも栽培技術や経営を学びながら、独立就農を目指せる研修制度。
中野:ただ、その場ですぐに決めたわけではありません。農業のことも、佐賀での暮らしのことも、独立した後のことも、まだ分からないことはたくさんありました。その後、移住や仕事に関するイベントにも参加して、研修の内容や卒業後の流れについて、より具体的に話を聞きました。
未経験でも挑戦できる理由があった
――実際に話を聞いて、どんなところが大きかったですか?
中野: どうやって研修を受けるのか。卒業後にどんな形で就農するのか。どれくらいの規模で始めるのか。どんな支援を受けながら独立していくのか。そういう具体的な道筋が見えたことが大きかったです。ただ農業に興味を持ったというより、未経験の自分でも学びながら独立を目指せる道があると分かった。それが背中を押してくれました。
――トレーニングファームのどんなところに魅力を感じたんですか?
中野:農業を教えてくれるだけじゃなかったんです。卒業した後の就農の形や、支援の流れまで見えていた。だから挑戦できました。もし農家さんに個人的に弟子入りする形だったら、僕は選んでいなかったと思います。先輩もいますし、卒業生もいます。分からないことがあれば相談できる。そういう環境があるのは大きかったですね。
――実際に始めてみて、驚いたことはありますか?
中野:農業に対するイメージが変わりました。僕の中では、農業って経験や勘が大事な世界だと思っていました。でも、トレーニングファームでは環境制御システムが導入されていて、温度や湿度、暖房、ミストなどをパソコンで管理しています。スマホから確認することもできます。感覚ではなくデータで学べるので、未経験でも取り組みやすいなと思いました。僕がイメージしていた農業とは全然違いましたね。
「仕事に行きたくない朝」がなくなった
――実際に始めてみて、大変だったことはありますか?
中野:まずは暑さですね。ハウスの中は外気温より10度くらい高くなるので、梅雨前でも35度くらいありました。ずっと室内で仕事をしていたので、最初はかなり大変でした。今は空調服を着て作業しているんですけど、初めて着たときは、「農家してるな」と思いますね。笑
あと、トラクターに乗ったときも、「自分、トラクター乗ってるわ」って(笑)。東京で美容師をしていた頃には想像もしなかったです。
――暑さ以外ではどうですか?
中野:佐賀弁です(笑)。8割わからないかもです。先輩も講師の方も地元の方なので、大事なことを教えてくれているんですけど、最初は何を言っているのか分からなくて。「大事な話をしてくれているんやろうな」と思いながら聞いていました。
――移住して、一番変わったことは何ですか?
中野:ストレスがなくなったことですね。東京で働いていたときも、仕事が嫌だったわけではありません。でも朝起きたときに、「仕事に行きたくないな」とか、「体が重いな」と思う日がありました。今はそれがなくなりました。
まだ研修中なんですけど、それでも毎日楽しいです。朝起きて自然に仕事へ向かえる。その感覚は今までと全然違います。美容師の頃は、家に帰ると夜9時、10時。ご飯を食べて、お風呂に入ったら、もう寝る時間でした。今は朝7時から仕事をして、夕方5時には終わります。夜に自分の時間が残っていることが、すごく新鮮でした。
――実際に佐賀で暮らしてみてどうですか?
中野:住みやすいですね。正直、来る前はもっと何もないと思っていました(笑)。でも実際は思ったよりお店もありますし、困ることはあまりありません。それに、人との距離感にも驚きました。犬の散歩をしていると、知らない人でも挨拶してくれるんです。最初はびっくりしましたが、今は自分からも挨拶するようになりました。大したことじゃないんですけど、「あ、自分変わったな」と思いましたね。
何者でもない人が、何者かになれる場所
――ここまでお話を聞いていると、トレーニングファームとの出会いが大きかったんですね。
中野:本当にそうですね。トレーニングファームがなかったら、農業は選んでいなかったと思います。そもそも農業は選択肢にありませんでした。でも、2年間学べる環境があって、先輩がいて、卒業後の流れも見えている。それは大きかったです。
中野:僕自身、移住する前は農業なんてまったく考えたことがありませんでした。親も親戚も農業をしていませんし、本当に縁がなかったんです。だから最初は、「自分にできるわけがない」と思っていました。
でも、実際に話を聞いて、研修の仕組みを知って、卒業生の姿を見たことで、少しずつ考え方が変わりました。やってみないと分からないことって、本当に多いなと思います。僕は悩んでいた期間があったんですけど、今振り返ると、「もっと早く来ればよかった」と思います。
――トレーニングファームはどんな場所でしたか?
中野:農業をしていなかった僕みたいな、何者でもない人が、何者かになれる場所かなと思います。
――本日はありがとうございました。
文章・写真:山本 卓









