理由は説明できない。でも、帰りたかった。古湯温泉で見つけた、感覚を信じて働く暮らし
下園 いづみさん
福岡県→佐賀市
- 移住種別Iターン
- 移住の時期2022年
- お仕事かっさサロン運営、貸切温泉管理業務
- 休日の過ごし方 猫と遊ぶ
「古湯に帰りたい」
数ヶ月だけのつもりだった。けれど、別の場所に行くたびに思っていました。そう話してくれたのは、福岡市・大濠を拠点に、10年ほどカッサ(※)セラピストとして活動していた下園いづみさん。現在は佐賀市の中山間部にある古湯温泉で、カッサセラピスト、貸切温泉の管理、YouTubeでの発信という“三足のわらじ”で日々を過ごしています。
移住を考えているけれど、仕事や住まいの条件だけでは決めきれない方、
自分に合う場所を、頭だけでなく感覚でも探してみたい方に読んでほしい、下園さんのインタビューです。
(※)カッサとは、専用のプレートを使って皮膚を優しくこすり、血液やリンパの流れを整える中国発祥の民間療法・美容法
福岡で仕事は成り立っていた。でも、求めていたのは自分に合う水と温泉だった。
――移住前は、どのようなお仕事をされていたんですか?
下園いづみさん(以下、下園):福岡の大濠公園駅の近くで、自宅とは別にサロン用の部屋を借りてカッササロンをしていました。26歳で独立して、古湯に来るまで10年くらい続けていましたね。
――カッサを始めたきっかけは?
下園: 「自分でセルフケアをできる人を増やしたい」と思ったからなんです。お客さんにずっと通い続けてもらうというより、自分で自分の体をケアするきっかけになりたいという思いがあって。カッサはあくまでツールなので、カッサの使い方を教えたり、自分をいたわるスイッチを押すようなセラピストになりたかったんです。

――福岡で仕事を続ける中で、暮らしに求めるものも少しずつ変わっていったんでしょうか?
下園: そうですね。福岡での仕事が嫌だったわけではありません。でも後半は、施術だけで整えるというより、山や温泉、空気そのものに触れることの大切さを感じるようになっていました。自分自身も給料をもっと上げたいというより、おいしい水が飲みたい。自分に合う温泉に入りたい。空気がおいしいところに行きたい。そういう思いでずっと悶々としていました。
川に足をつけながら、こんなところに住めたらいいなって
――古湯に来たきっかけは何だったんですか?
下園:コロナの少し前くらいに、自然派マルシェやオーガニックマルシェのようなものが流行っていた時期がありました。友達が出店していて、「カッサ出店しない?」と言われたのがきっかけで、私もイベントに出るようになりました。カッサは道具とタオルがあればできるので、気晴らしのような感じで出店していました。その流れで、古湯のイベントにも来るようになりました。「どんなところに住みたいかな」と考え出していた時期だったと思います。
下園:初古湯で2泊したんです。その時、川に足をつけながら「こんなところに住めたらいいな」って思いました。
――ドラマのワンシーンみたいですね!その時から移住を考えていたんですか?
下園:いえ、全然です(笑)。頭では「車もないし、こんなところに住めるわけない」と思っていました。当時は自分ひとりの都合だけで暮らす場所を決められる状況ではなかったので、すぐに移住する選択肢はなかったんです。
お試し移住から「帰りたい場所」へ
――実際に古湯で暮らし始めたのは、どんな流れだったんですか?
下園: 住まいを見直さなければならない時期があって、次に暮らす場所を探していたんです。その時、イベントで知り合った古湯の方が「うちに一部屋あるよ」と言ってくださって。
最初は、お試し移住のような感じでした。だけど、住ませてもらえる家も、「引越ししなきゃいけないので、あと3、4ヶ月しか使えないよ」とオーナーさんに言われていました。それでもいいかなって。(笑)

――一時的に住みながら、次の住まいを探す予定だったんですね。
下園:そうですね。でも、その3、4ヶ月の間に、次に住めそうないろんな場所を見に行っても、どこへ行っても古湯に帰ると「ただいま」と思っている自分がいましたね。
――「ただいま」という感覚ですか?!
下園:そのあと、別の友達の家に1ヶ月住まわせてもらった時も、帰りたくて仕方なかったんです(笑)。たった数ヶ月しかいなかったのに、「帰りたい」と思っている自分にびっくりしました。
――なぜ、そこまで古湯に帰りたいと思ったんでしょうか。
下園:理由はわからないです。古湯温泉に入りながら、何かがあったわけではないんですけど。水とか空気とか、そういう一つひとつの理由ではなくて、「ここに帰ってくるんだ」という感覚なんですけど。たぶん、フィーリングとしか言いようがないですね。(笑)
――下園さんにとって何かビビビ!と来たものが、あったんですね!
下園:それで、他を探すのはやめよう。ここしかないって腹くくった感じでした。
不安より先に、「暮らしてみたい」があった
――移住を考える人にとって、仕事や住まいへの不安は大きいと思いますが、不安はありませんでしたか?
下園:私、昔から不安とかあまり感じないんですよ。(笑)不安症な人だったら、私の生活は不安になると思いますよ。
――仕事もそうですけど、決まっていないことへの不安ってありますもんね。
下園:決まってないからこそ、無限に自分がイメージできると思うので、起きてもないことへの不安はほとんどないんです。私は不安よりも先にできる!と思い込める派かもですね。だから、私の場合、仕事の面で考えると、自分で仕事をしていたので、そのまま行けると思っていました。

――古湯に来てからも、最初は福岡の仕事を続けていたんですよね。
下園:そうです。福岡のお客さんのところへ行ったり、講師の仕事をしたりしていました。外で稼いで、古湯で暮らす感じでした。
――いきなり全部を変えたというより、少しずつ移っていったんですね。
下園:そうですね。2拠点生活みたいな感じでした。でもだんだん、福岡に出ることもなくなりましたね。福岡へ行けば買い物もできたんですが、それもだんだん必要なくなってきて、古湯にあるもので暮らすようになっていきました。特に猫の泉(せん)ちゃんが来てからです。帰って一緒に寝たいから古湯から出たくないなって思うようになりました。
仕事は、探したのではなく暮らしの中で増えていった
――現在は、カッサだけではなく、貸切温泉の管理やYouTubeもされていますよね。
下園: はい。自分ではカッサセラピストが主だと思っていますが、今は完全に三足のわらじです。どれがメインというより、3つ全部が必要な感じです。
――最初からそういう働き方を考えていたんですか?
下園:全然です。最初から考えていたわけではありません。初めは仕事はほとんど仕事は福岡など外にでていましたね。大濠のサロンもその頃は残しながら。外貨獲得しにいって、古湯で暮らすみたいな生活でした。
下園:古湯で暮らす中で人との関わりが増えて、古湯温泉にある旅館の女将さんから声をかけてもらったことをきっかけに、貸切温泉の管理や切り盛りをするようになりました。田舎で暮らしていると、私ぐらいの世代で、時間の融通がきく人は重宝されやすいです。
――Youtubeは?
もともとは移住者としての暮らしを発信するつもりで始めたのですが、今は猫の泉ちゃんの日常を発信していて、泉ちゃん目当てで全国からお客さんが来てくれることもありますね。
――どんどん活動が広がっていったんですね!古湯に住んだことで、ご自身にとって大きな変化はありましたか?
下園:26歳で起業したのも、自由がきいて、自分の好きにしたかったからです。13年ほど一人でやってきたので、どこかで働くなんて正直無理だと思っていました。
――それが今は、温泉の管理もしていると。
下園:そうなんです。仕事に対する感覚は180度変わりました。個人プレイが得意だと思っていた私が、今は誰かのところで働いたりもしています。
管理業務を受けたのは、女将さんにはもともとお世話になっていましたし、名指しで頼まれたことがきっかけでした。
実際にやってみると、女将さんが会うたびに「これ持っていきなさい」といろいろ持たせてくれたり、温泉に入れたりして、付加価値がすごかったんです。「雇われるっていいな」と思いましたね(笑)。
――お金だけではない価値があった。
下園:これまでこだわっていたことが、いい意味でなくなりました。
都会では肩書き。古湯では?
――古湯に来て、仕事への考え方は変わりましたか?
下園:都会にいた時ほど、プライドやこだわりはなくなりました。福岡にいた時は、「先生」と呼ばれることや、どんな人を施術してきたか、どんな場所で仕事をしてきたかが、それなりに必要でした。でも、古湯ではそういうものは通じません。肩書きよりもこちらでは、柿剥きができたりとかが重宝される。都会との価値観が違うと思います。

――確かに!肩書きよりも、その人がすることに意味がある感じがします。
下園:今は、自分が本当にリラックスしていることが、セラピストとして一番いい状態だと思っています。私にとっては、水、温泉、おいしい空気、人との素直な付き合い方が大事なので。都会よりも、より無理をしていない自分になっている感じがあります。
「盆踊りの子ね」と呼ばれて、地域に馴染んでいく
――YouTubeや温泉の仕事をすることで、地域との関わり方も変わりましたか?
下園:かなり変わったと思います。貸切温泉の仕事も、私個人だけでやっていた時とは違います。女将さんが、旅館に来る方に「この子は移住者で、YouTubeもしていて〜」と紹介してくれたりして。

下園:少しずつ区役、つまり地域の役目にも出るようになって、「この子、なんかいるね」とみなさんに認識されるようになってきました。
3年前くらいから盆踊りをやり始めて、「盆踊りの子ね」と認識してもらえるようにもなりました。泉ちゃんをきっかけに知ってもらうこともありますが、猫が苦手な人もいます。カッサも万人受けするものではありません。でも盆踊りは地域のことなので、それで認識してもらえるようになったのはよかったなと思います。

――カッサ、温泉、YouTube、盆踊りなど、今やっていることに共通しているものはありますか?
下園:自分が無理せずに、やりたいと思えていることだけをしている感じです。カッサは、もともと人とのコミュニケーションのツールですし、温泉は、泉ちゃんがお世話になっている場所です。朝起きたら泉ちゃんはもう温泉にいて、ほとんどそこにいます。だから仕事というより生活に近いです。全部が生活で、全部が仕事という感じです。
ーーグラデーションのように仕事も暮らしも馴染んでいったんですね!
「何もない」は、穴場でしかない。佐賀の余白
――移住に興味がある方に向けて、佐賀について感じていることはありますか?
下園:佐賀は、ざっくり言うとすごく開けている感じがあります。土地も広い感じがするし、人もおおらかです。地元の人は「佐賀には何もない」とよく言います。でも、それが穴場でしかないと思うんです。
下園:佐賀独特のゆるさがあって、何が正解かわからないから、その地域にいる人たちに任せてみよう!という空気がある気がします。佐賀には、街としてのプライドを前面に出す感じがあまりありません。もちろん根っこの部分には郷土愛があると思います。でも、それをあまり表に出さない。
だからこそ、何かを試したい人や、自分らしく暮らしたい人には、すごく挑戦しやすい場所だと思います。
――たしかにそうですね。
下園:ただ、佐賀の魅力は住んでみないとわからないと思います。外から見ただけではわからない魅力です。
気づいたら帰りたくなる場所が、きっと自分に合う場所
――最後に、移住を考えている方へアドバイスをお願いします。
下園:まずは、お試し移住をしてみることです。数ヶ月じゃなくても、数週間でもいい。気になった土地で、少し暮らしをイメージしてみるのがおすすめです。
私自身もそうでした。気づいたら「ここに帰りたい。」そう思うようになったら、そこなんだと思います。情報だけで決めるのではなく、自分の感覚を大切に。
――下園さんのお話を聞いていると、条件を整えてから移住したというより、先に感覚が動いていたように感じます。
下園:私は「予祝(よしゅく)」という考え方が好きです。何かが起きたから笑うのではなく、笑っているところに笑うことが来る。だから、先に楽しいとか、うれしいとか、よかったと思うことが大事だと思います。
――安心してから移住したのではなく、先に安心していたのかもしれませんね。
下園:そうかもしれません。温泉、水、空気、人との関係。私にとって古湯は、求めていたカードが全部そろった場所です。ロイヤルストレートフラッシュみたいな場所ですね。
――本日はありがとうございました。
文章・写真:山本 卓







