仕事と住まいが見えたから、島で親子の暮らしを始められた

本村 利香さん

本村 利香さん

福岡県唐津市

  • 移住種別Iターン
  • 移住の時期2025年
  • お仕事カフェ

「海に近づくつもりは、全くなかったんです」
そう笑って話すのは、唐津市高島でカフェの仕事に携わる本村利香さん。韓国・釜山で生まれ、熊本、東京、福岡を経て、現在は息子さんとともに唐津市で暮らしています。
移住のきっかけは、島暮らしへの憧れではありませんでした。仕事があること。住まいがあること。子どもが通う小学校があること。その条件がそろっていたからこそ、高島での暮らしは現実的な選択肢になっていきました。
仕事や住まい、子どもの学校、地域との関わりに不安を感じる方に向けて、本村さんに、離島で働くこと、子育てすること、そして人に頼りながら暮らすことについて伺いました。

「仕事と住まい、小学校が見えたから。高島で始まった親子の暮らし 」

– 高島へ移住することになったきっかけを教えてください。

本村利香さん (以下、本村)

最初から島に住みたいと思っていたわけではないんです。子どもと一緒に暮らしていくために福岡で仕事を探していたとき、知人を通じて高島のカフェの仕事を紹介してもらいました。 

– たまたまですか?

本村:そうなんです。仕事もあるし、住まいもある。子どもが通う小学校もある。そういう条件がそろっていたことで、「ここなら暮らしていけるかもしれない」と思えました。
仕事だけがあっても、住む場所や子どもの環境が見えなければ、移住は考えられなかったと思います。だから、仕事と暮らしがセットで見えたことは大きかったですね。

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– 不安はありましたか。

本村:不安がなかったわけではありませんでした。それでも、子どもと暮らしていくために、仕事と住まいと学校が見えている場所が必要だった。高島は、憧れの移住先というより、親子で生活を立て直すために見えてきた現実的な選択肢だったと思います。

「島に憧れていたわけじゃない。親子で暮らすために選んだ高島 」

– もともと、島暮らしに憧れはあったんですか

本村:全然なかったです。もともと、海よりも山が好きなんですよ。だから、自分が島に住むことになるなんて、本当に想像もしていませんでした。 

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– 高島では、どのようなお仕事をされているんですか。

本村:島のカフェの立ち上げに関わりました。建物はありましたが、メニューやドリンク、店の雰囲気づくりなどは手探りでした。もともと飲食店で働いた経験はありましたが、離島でカフェをするのは初めてでした。都会のカフェとは、お客さんが求めているものも違うと感じました。

– 都会のカフェと、島のカフェの違いは何ですか?

本村:都会のカフェは、商品や空間、接客の完成度を求められることが多いと思います。でも島では、それだけではないと感じました。高島に来る方は観光で来られているので、「この島には何がありますか」「どんな場所ですか」と聞いてくださることがあります。そこで島のことを話したり、島の人につないだりすることで、お客さんにとっての満足度が変わっていくんです。 

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– 飲み物を出すだけではなく、島を案内する入口にもなるんですね。

本村:コーヒーを飲んで帰るだけではなく、島の人と話したり、地域のことを知ったりすることで、「また来たい」と言ってもらえることがあります。カフェは飲み物を出す場所というより、人と島をつなぐ入口なんだと思います。

– 本村さん自身は、どんな接客が自分に合っていると感じますか。

本村:かしこまって説明するより、「これ、おいしいですよ」と親しみを持って話す方が自分には合っていると思います。島のカフェでも、きれいに整ったサービスというより、お客さんと自然に話して、島のことを伝えたり、島の人につないだりすることが大事なのかなと感じました。

「人とつながる場所だからこそ、働き方の難しさもある」 

– 一方で、働く中で難しさもありましたか。

本村:ありました。お客さんと話すことを大事にしたい一方で、注文が増えると作業に追われてしまいます。本当は一組ずつゆっくり話したい。でも、作ったり、出したり、片付けたりしていると、どうしても会話の時間が減ってしまうんです。
経営のことを考えると、回転やテイクアウトも必要になります。けれど、そこを優先しすぎると、人と人がつながる場所としての良さが薄れてしまう。そこは、島で働く中で感じた難しさでした。
最初は、島でどんなカフェが求められるのかを考えるところから始まりました。きれいに整ったサービスを目指すのか、海の家のようにラフに立ち寄れる場所にするのか。観光で来た人が、船の時間までどう過ごしたいのか。都会のカフェの感覚をそのまま持ち込むだけでは、うまくいかないと感じました。

– 地域で働くというのは、単に仕事をこなすだけではなくて、その場所で何が価値になるのかを考えることでもあるんですね。

本村:そうですね。都会でのカフェの感覚をそのまま持ってくるのではなくて、高島に来る人が何を求めているのか、島でどういう時間を過ごしたいのかを考える必要があると思いました。

「ちゃんとしていなければ、と思っていた自分が少し変わった 」

– 島で暮らしてみて、印象に残っていることはありますか。

本村:困ったときに、誰かが動いてくれることです。引っ越しのときも、島の方たちが船を出して荷物を運んでくださいました。家の設備やちょっとした不具合も、島の中でできる人が見に来てくれることがあります。便利とは言えないかもしれません。でも、「誰かに言えば、何とかなるかもしれない」と思える安心感がありました。 

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– 本村さんは、人に頼ることをあまり否定していない感じがします。

本村:自分でも「他力本願」だと思っています。一から全部を自分で作るより、誰かが少し土台を作ってくれた場所で、自分のできることを発揮する方が合っているんです。以前はそれを「ちゃんとしていない」と思っていました。でも高島に来て、頼ることも、暮らしていくための力なのかもしれないと思うようになりました。

– 本村さんが「人に頼ること」を大切に感じるようになった背景には、ご自身の経験も関係しているのでしょうか。

本村:そうかもしれません。私は子どもの頃、親の期待に応える「いい子」でいようとしていて、自分の本音をなかなか言えなかったんです。「こうしなければいけない」「ちゃんとしていなければいけない」という思いがずっとありました。失敗したとか、できないとか、やりたくないとか、そういうことを言うのが苦手でした。

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本村:だから、東京で暮らしていたときも、理想の暮らしをしているように見せながら、実際には自分の中でいろいろ抱えていました。でも島では、良くも悪くも隠せないんです。人との距離が近いし、困っていることも見えてしまう。最初はそれが怖い部分もありました。でも、見えてしまうからこそ、助けてもらえることもあるんだなと思いました。

– 「頼ること」への見方が変わったんですね。

本村:そうですね。全部を一人で抱え込もうとすると、私はたぶん動けなくなるんです。でも、誰かが少し土台を作ってくれたり、手を貸してくれたりすると、その上で自分なりに動ける。それは東京にいたときより、こっちに来てからの方が強く感じています。島でも、島の外でも、困ったときに助けてくれる人がいて。そういう人たちに支えられながら、なんとかやってきた感じです。

「大人を信用してもいい。そう思える経験が、子どもを変えてくれました」

– 高島での子育てについて、どう感じていますか。

本村:一番大きかったのは、子どもが「大人を信用してもいい」と思えるようになったことです。
東京にいたころは、親以外の大人と手をつなぐことも難しかったんです。でも高島では、島の人たちが裏表なく接してくれて、子どもも少しずつ心を開いていきました。島のおじさんやおばさんの家に泊まりたいと言うようになったとき、「大人を信用してもいい」と思えたんだなと感じました。

– 自然の中でのびのび、というだけではないんですね。

本村:そうですね。自然の中でのびのび過ごせることも、もちろん大きいです。でも、それ以上に、信じられる大人がそばにいることが、子どもにとって大きかったのかなと思います。親以外の大人とも自然に関われるようになって、「この人たちは信じてもいいんだ」と感じられたのだと思います。 

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– 本村さんが、お子さんにいろいろな経験をしてほしいと思うのには、ご自身の経験も関係しているのでしょうか。

本村:そうかもしれません。私は子どもの頃、自分の本音をなかなか言えなかったからこそ、子どもにはいろいろな場所に行ったり、いろいろな人と関わったりしながら、自分で「これが好き」「これは違う」と感じる経験をしてほしいと思っています。

– 都会での子育てとは、かなり違いますね。

門脇:都会では、危なくないように大人が先回りして守ることが多かったように思います。公園でできないことも多かったですし、どこへ行くにも確認が必要でした。島では、もちろん危ないこともあります。でも、子どもが自分で考えたり、失敗したり、地域の大人に叱られたりする経験があります。小さいうちにそういう経験ができることは、大きいと思います。

「不安がなくなってからではなく、見通しがあることが大事だと思います」

– 移住を考えている方へ、伝えたいことはありますか。

本村:不安がなくなってから移住するのは、なかなか難しいと思います。でも、仕事や住まい、子どもの環境が見えて、困ったときに相談できる人がいると、一歩を踏み出しやすくなると思います。

– 不安をゼロにするより、暮らしの見通しを持つことが大事なんですね。

本村:そう思います。あとは、全部を自分で完璧に準備してこなくてもいいのかなと思います。私自身、高島に来てから本当にいろんな人に助けてもらいました。困ったときに誰かに聞いたり、助けてもらったりしながら、少しずつ暮らしをつくってきた感じがあります。
もちろん、島の暮らしには船の時間や買い物など、不便なこともあります。でも、困ったときに「困っています」と言える人がいて、それに応えてくれる人がいる。その安心感は、私にとってすごく大きかったです。
だから移住を考えるときは、場所や条件だけではなく、「困ったときに相談できる人がいるか」「自分もその場所でできることを返していけそうか」を考えてみるといいのかもしれません。

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– 本村さん自身も、高島で暮らす中で変化はありましたか。

本村:少しずつ、自分で考えるようになったと思います。私はもともと、誰かが用意してくれた場所や流れに乗る方が得意なタイプなので。でも、高島で暮らして働く中で、ただ流れに乗るだけではなく、「私はこう思う」と言葉にする場面も増えてきました。
言われるままではなく、違和感を伝えたり、自分なりに考えたりするようになったんです。まだ「自立しました」と言えるほどではないかもしれません。でも、人に頼りながらでも、自分の暮らしをつくっていくことはできるのかもしれない。高島での暮らしを通して、少しずつそう思うようになりましたね。

– 本村さん、今日はありがとうございました。

文章・写真:山本 卓

公開日:2026年06月17日
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