お義母さんに恋をして、山間の小さな集落を愛しました

大石 絢子さん

大石 絢子さん

福岡県 / 佐賀市小城市

  • 移住種別Iターン
  • 移住の時期2014 年(佐賀市移住時点)
  • お仕事民宿経営 / フリーデザイナー / フォトグラファー
  • 休日の過ごし方 農作業 / 森林整備 / 子どもと一緒に川遊びやどろんこ遊び

佐賀県小城市、石体(しゃくたい)。佐賀県のほぼ中央に位置する小城市のまちなかから、車でほんの15分ほど、佐賀県を代表する山のひとつ「天山(てんざん)」に向かって山道を登っていきます。するとおよそ10世帯が暮らす小さな集落が見えてきました。
大石さんは集落に唯一の小さな民宿『いやしの宿ほのか』の「お嫁ちゃん」です。移住者でありながら、この地を愛し、この地に生きる人を愛する。愛情いっぱいの生き方に「たまたま」出会えた大石さんの、その活力の源泉をおうかがいしてきました。

「限界集落に未就学児の人口を、1、増やしました」

-- 小さな集落と聞いておりましたがまちなかから近くて驚きました。しかし携帯の電波は「1」ですね。生活や仕事に支障はないですか。

大石絢子さん (以下、大石):まちなかから意外と近いですよね。電話の電波はそんなによろしくないですけど、Wi-Fi飛んでます。全然大丈夫です。

--  (お子さんが走り回っているのを見て…) お子さん、元気ですね!

大石:今年、里子としてお迎えした子です。集落の人口が「1」増えました。

-- 石体(しゃくたい)という地域全体では、人口は何人ですか。

大石:いまは世帯数が10〜12、人口は34人です。この子を入れて。

-- その中で未就学児は…。

大石:この子ひとりです。

-- 小さな集落に小さい子がひとりって、それはもう、相当かわいがられてますね。

大石:特におじいちゃんおばあちゃん世代の方々には本当によくしてもらってます。地域の人が集まる場に連れて行くと、かわるがわるに、バナナとかアイス、おまんじゅう、お年玉袋まで持たされたりして。この子もみんなが集まって和気あいあいとしているところに一緒にいるのが嬉しくて、遊びたい、遊びたいってなってますね。だから、他に子どもがいない、そういう場所の方が案外、子育てには向いているのかもしれないと思ったりもします。

-- 大石さんは福岡から移住されたんですよね。移住したい、と考える人は、なかなかこうした小さい集落と出会う機会はないと思うのですが、石体に住むことになった経緯を教えていただけますか。

大石:長くなるけど、いいですか。

-- もちろんです。

「自分らしさを求めた転職が、佐賀に暮らし始めるきっかけでした」

大石:佐賀に来た最初のきっかけは仕事なんです。学習塾で何年か事務の仕事をしていたんですけど、正確な処理が求められる仕事ではなく、もっとクリエイティブな仕事をしてみたいわ、と思ったのが転機のひとつ。すこしさかのぼりますけど、高校生のときにとある靴屋さんの前を毎日、自転車で通りすぎていたんですね。学生時代は、こういう小さな靴屋さんってよくつぶれてしまわないものだな、くらいに思っていたんですけど、社会人になってそこで靴を買ってみたらものすごく履き心地がよくて。

-- 足の疲れをやさしく包むような。

大石:はい。学習塾の同僚女性たちもみんなその靴を履いていて、ここの靴屋さんって、なんかいいなぁと思い始めて。いざ、転職をしたいと考えた時に、その靴屋のオーナーさんに手紙を書いて会いに行ったんですね。未経験ですけど働かせてください、トイレ掃除でも何でもやります、お給料はいりませんとか言って。

-- お給料はもらった方がいいですね。

大石:ちょうどオーナーも女性向けの商品企画に力を入れたい、女性が活躍できる組織づくりをしていきたいというタイミングだったそうで、採用していただいて、佐賀県佐賀市の富士町にある工場で、働くことになりました。

-- 福岡にずっと住んできた大石さんが、佐賀に住むことになった瞬間ですね。

大石:私、靴に関してはまったくの素人なのに目をかけていただいて、ヨーロッパに視察なんかも行かせていただいて。それで15年くらいですね、靴のデザインの仕事をしました。最高でした。自分がデザインした靴が、1日中ずっと工場で生産されている。その光景の中を歩いたときにですね、「これが人生最高の瞬間やな」と思ったんです。

-- 頭の中でその光景がイメージできました。たしかに最高ですね。そこからさらに、現在お住まいの石体という集落に移住するまでのストーリーも聞かせてください。

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(石体に点在する石の神様。集落にはそのルーツとなる伝承が語り継がれています。)

「お母さんのおいしいごはんに恋をしました」

大石:夫と出会ったのが、31歳の時です。靴屋さんでの会社員時代、毎日のように、お仕事でメール便を発送していたんです。

-- はい。

大石:あるとき、いつも接客してくれてた男性が「控えを忘れてましたよ」って言ってきたんです。あとで見てみたら手渡してくれた控えと一緒に、名刺が入ってたんです。「いやしの宿ほのか」っていう、ここの民宿のですね。

-- おお!!

大石:名刺の裏にメールアドレスが書いてあったので、連絡してくれということかなと。

-- 青春ですね。

大石:本人は頑なに認めないんです。「そっちから連絡をとってきた」とか「別の人に渡すはずの名刺だった」とか。そんなことを言うんです。

-- なるほど。

大石:それで初めて、彼の実家である石体の集落に来て。ちょうどタケノコの時期でした。宿に着くと彼のお母さんがタケノコごはんを食べさせてくれたんですよ。それがおいしくておいしくて。これはもう、このお母さんと結婚するしかないと直感しました。

-- そっちに惚れましたか〜。石体のような小さな集落に住むことを決めたのは、とにもかくにもお母さんと恋に落ちたからなんですね。

大石:本当に素敵なお母さんなんです。それにお父さんはすべての緑に命を吹き込む人なんです。広い庭や畑の植物全部の面倒を見て。すごいんです。

-- 旦那さんはどんな方でしょうか。少しシャイ、それ以外に。

大石:男の中の男です。居酒屋料理が得意。お酒のつまみに最高の料理を作ってくれます。

-- ご夫婦で一緒に飲まれるんですね。

大石:飲みます。

-- お母さんに恋したあと、ご結婚されてもお母さんとのご関係は良好ですか。

大石:大好きです。実の娘かのようにかわいがっていただいています。子どもを迎えてからは特に、助けてもらっています。少し泣き声がしたらサッと現れて。

-- まるでヒーロー。結婚する相手次第で、本当に人生が変わりますよね。

大石:そうそう。子どもの頃は、結婚して山の中に移住して、そこでお宿をやるなんて想像もしませんでした。

-- でも旦那さんと出会って、素敵なご両親と出会って。集落の人も含めて、やっぱり佐賀の「人」を愛してしまったわけですか。

大石:人と、やっぱり石体という集落ですね。結婚後は石体に移住していましたが、石体から富士町へ、通いながら続けていた靴のお仕事もコロナがあって、急に仕事が半分くらいに減ってしまったんです。そういうことも想像がつかないじゃないですか。自宅待機が増えてすることがないので、ワンちゃんと一緒によくうちの近所を散歩していたんです。今まで歩いたことのない路地に入ったりして。

-- はい。

大石:そうしたらこの石体という地域には、たくさんの石の神様が祀られていて、その神様を地域の人が大切に守ってきたことに気づいて、それからですね。改めてこの地域の良さを知ったというか、山の中だからこそ、安心できたり、逆にすごくビックリできるような場所が作れるんじゃないか、作りたいんじゃないかと考えました。

-- あぁそうか、石体という場所に恋をし直した瞬間があったわけですね。いつまでに移住しよう、とあらかじめ決めて取り組んだ佐賀移住ではなくて、たまたま佐賀の人、その人柄を好きになって、その人を育てた場所への愛着もいつの間にかふくらんで。ご縁を育てながらゆっくり年月を重ねて移住していく。そういう移住の考え方も素敵かもしれません。

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(ワンちゃんとの散歩道。守りたい、この大切な時間。)

「未経験でも、次々に新しいことに挑戦できる環境が嬉しい」

-- 石体という小さな集落の、小さな民宿に「お嫁ちゃん」として移住して来て。この地域に特有の魅力、おもしろさに気づいたところまでうかがいました。今はどういうお仕事、活動をされていらっしゃいますか。

大石:金土日はお宿のお仕事です。民宿を始めたのもお母さん。集落で年に2回、石体祭りというのがあるんですけど、それを始めたのもお母さん。どちらも手伝って、引き継いでいきたいと思っています。

-- 人が集まる場所、時間をつくると、やっぱり地域は変わってきますか。

大石:そうですね、人口が増えました。この何年かだけでも。集落出身でずっと都会で暮らしていた女性が、パートナーを連れてUターン移住してくれましたし、埼玉県に住んでいた方も、宿に泊まったことをきっかけに移住してくれました。

-- それはすごい!

大石:空き家がいっぱいあるので、「空き家を見たいです」と言う人がいたら、持ち主の方に連絡して、どんどん見せるような活動もしています。

-- 石体は小城市街からも車で近いですし、意外と不便が少ない地域に感じました。

大石:ヨガの先生をやりたい山登り好きの女の子がいたので、じゃあうちの宿の少し上にあるキャンプ場で一緒にやろうとお誘いして12人くらい集めました。うちの規模だと、丁寧に対応させていただくのは12人が限界。自然の中で気持ちよくヨガをして、そのあとはうちの主人がお腹いっぱいになる大鍋カレーを出して…。

-- いろいろお話をうかがって不思議なのは、宿の運営も未経験、キャンプ場を使ったイベントごとも未経験、全部未経験から始められていますよね。ウェブサイトやSNSを拝見すると、さらにデザインや写真の仕事も楽しそうにされています。全部、お仕事として経験があるわけではないのに、飛び込んでいくことができるのはどうしてなんでしょう。

大石:会社勤めをしていたとき、上司にも言われたんですけど、同じことをする才能が全然ないんです。次から次に新しいことをしていないとダメな人みたいなんですよ。

5枚目.jpeg(2024年にオープンしたばかりの『石体不動の滝 野営地』。すでに最高ですがもっと最高になっていきます。)

「まずキャンプ場。次に登山道。集落に人が集まる仕掛けを増やしていきたい」

-- それはわかります。わかる一方で、あまりにもいろんなことに手をあげると、どうしてもいっぱいいっぱいになって苦しいこともあります。抱え込み過ぎないことも大事かなと思っているのですが、自分の中で、「これはしない」と決めていることはありますか。

大石:なるほど、それで言うとふたつあります。ひとつは「山の下に降りること」。移住当初はお声をかけていただいた小城市のまちなかでのイベントに、よく参加していたんですけど、それは宣伝になる一方で、私たちの目的の「山の上(石体)まで来ていただくこと」とは少し違う。なので、やっぱり「来てもらう」ことに集中して活動することに決めた時期がありました。

-- もうひとつはなんでしょうか。

大石:達成できる目標は1年に1つ。ということを考えています。今年の目標は、キャンプ場の売上を伸ばすこと。キャンプ場にしている土地はもともと市の公園なんです。それを月に1回、集落の方々がお掃除していたんですけど、ちょっと山を登った高いところにあるので、そこに登って行くのもご年配の方々にはご負担が大きくて。私たちがそこをキャンプ場としてお借りして、お客さんと一緒に整備する、売上の10%を集落に入れる、というのを1年前に始めたんです。

-- なるほど。

大石:キャンプ場の集客がまだ充分ではないので、イベントに使ってくださいというのをSNSでしっかり周知して、次はキャンプ場に泊まってもらって、お客様と一緒に設備を整えて。キャンプ場の入り口に立派な看板を立てるところまでが目標です。

-- 一緒に整えるというところがポイントでしょうか。通り過ぎていくお客様、ではなくて、当事者になって関わり続ける人とつながっていきたいんですね。

大石:そうです。イベントの2時間前に集まって、ちょっと整備してもらって。お礼にお腹いっぱいのごはんを用意しておきますので、という風にしています。

-- 高齢化が進む地域で、自立して環境維持できる仕組みづくりができたら素晴らしいです。キャンプ場の次に、来年は何をされるかもう考えていますか。

大石:次は登山道です。集落から天山の方に登っていくと、巨石群を見ながら登れるルートがあるんです。普段は人が通らない道だから、鎌を持って薮を払いながら登り降りします。

-- 山道を切り拓くのは大変そうです。

大石:同じ佐賀県の『多良岳を愛する会』の方々には「相当ハードなルート」だと言われました。キツい山道みたいです。私は山についても素人ですけど、多良岳の登山道を守っているみなさんにご指導いただきながら登山道を確立したいと思っています。

-- キャンプ場の整備。登山道の確立。どちらもとても大変なことです。実現したら石体はどう変わっていると思いますか。

大石:山を登ると、登頂して戻ってくるまでに7時間かかります。

-- なるほど!そうしたらキャンプ場やお宿に泊まってもらいたいですよね。

大石:はい。山を登って、お腹いっぱいごはんを食べて、五右衛門風呂に入って、大自然のすぐ隣に宿泊して。石体を1泊2日で楽しんでいただける、そういう体験を作りたいです。

-- 石体にいる時間が増える。石体にいる人が増える。そういう循環を作ることを目指しているんですね。でも観光地化してたくさん人が来るという想定ではなくて、やはり心が通う人数の範囲で。

大石:そうですそうです。石体っていいなと思っていただける人と、少数精鋭でやりたい。

-- そういう関わりをしてくれる方が、いずれここに住んでくれるのかもしれませんね。

大石:石体を愛してほしいですね。

-- 最後に、1つ質問してもいいですか。

大石:はい。

-- 石体に住んで、地域とそこに住む人を好きになって、さらに人と人の輪を広げる活動を一所懸命されていることがよくわかりました。その上で、5年後10年後、こうなっていたらいいなと思う理想の光景はありますか。

大石:そうですね、お庭にたくさんのハーブが生えていて、見上げると木の実が成っていて。少し大きくなったうちの子やワンちゃんと、綺麗な散歩道を歩いているんです。

-- 散歩道は綺麗に整備されているんですね。

大石:はい、綺麗になってます。いっつも私は、やるべきことはこれとこれとあれで、みたいにワーッと詰め込んであわただしくしちゃうんですけど、結局何がやりたいのかというと最高の散歩なんです。おばあちゃんになっても、カートの上にカメラを載せて。帰る家があって畑があって、自分たちが食べていくには充分なものがあって。そこに子どもがいてワンちゃんがいて。というのが理想です。

-- 散歩道も畑も、人の手が入らないとすぐに荒れてしまいます。今現在の活動の結果、石体の未来にはそういった環境を守る循環が受け継がれている。そう考えると、本当に素敵な理想ですね。本日はありがとうございました。

 

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(「腹いっぱいのお外ランチ」を用意する大石さんと、男の中の男、夫の啓太さん。)7枚目.jpeg
(お宿前でご両親も一緒に。愛と笑いでいっぱいです。)

文章:いわたてただすけ
写真:いわたてただすけ / 大石絢子

公開日:2025年06月30日
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