移住者インタビュー

実際に佐賀県へ移住した方々に、移住のきっかけ・住んでみて良かった事・苦労した事等々、移住までの経緯や佐賀県での生活についてインタビューしました。何か移住の参考になるかもしれません。

太田 政信さん・悦子さん
interview 172018.08.11 UP

都会には無かった温かさと充実感を得られる生活

太田 政信さん・悦子さん
太田 政信さん・悦子さん
○悦子さんは東京から嬉野市に移住
○移住時期:2016年
○現在のしごと:太田製作所(猟・罠作り)

○移住のきっかけと決め手

東京で働いていた時にできるだけ安全な食材を選んで使うようにしていたが、どれも高価。生産過程や生産者への興味を持ち始めた頃に紹介を受けたのが、首都圏発の「佐賀の農業男子」との婚活ツアー。そこで出会ったのが茶農家の政信さんだった。その後婚活支援のサポートを受け「成田-佐賀間LCC航空フリーパスポート」を利用し愛を実らせ、出会いから4カ月後にはゴールイン。佐賀へ行く機内でのサプライズプロポーズは政信さんの友人らも力を合わせて盛り上げ、到着した佐賀空港では大勢の人に拍手で出迎えられて山口知事より花束を渡された。ちょうど、佐賀空港が国際空港になった日で記念式典と重なり、忘れられない日となった。

○移住後の嬉野市での生活

お茶の産地・嬉野市にある政信さんの茶畑は毎年イノシシの被害を受けており、悦子さんと出会った時に政信さんは茶農業の仕事を手伝いながらイノシシ猟をやっていたが、結婚後本格的に狩猟業に専念することを決断した。「あまりの被害に、立ち上がらずにはいれなかった。町には猟をする人が少ないだけではなく、高齢化しており、今後の嬉野茶を守るためにも自分がやろうと決めた」と、新たな決意でイノシシ猟に奮闘する政信さんを、悦子さんは自然に「支えていきたい」と思った。ただ、二人にとって新たなチャレンジは手探り状態。5年前狩猟を始めた頃見よう見真似で作り始めた箱罠を製品化するために、罠の改良を重ね、チラシ作りやホームページの制作、動画サイトの運営も始めた。また、佐賀県猟友会青年部も立ち上げ、若い猟師が情報共有できる場所作りも始めた。そんな二人を支えてくれたのが地域の方々だった。「東京にいるときは生活するのにとにかくお金がかかった。消費活動をするためにいたような感じ。」「佐賀に来てからは猟でとったイノシシ肉を食べ、野菜も作ったり貰ったり。ただ生活しているだけでも心が満たされる。」と笑顔で語る悦子さん。「顔を上げたら空が広い。それだけでも本当に贅沢。」東京では得ることの出来なかった充実感を手に入れた。

○今後の目標

今はイノシシと言えばただの厄介者扱い。農家の人が片手間に「有害駆除」としてやっているイノシシ猟を、もっと若い人にも目を向けてもらって「獲物としての猟」に変えていきたい。佐賀ではあまり馴染みの無いイノシシの肉も、とても美味しいことに気付いてほしい。今後、肉の販売を可能にするための解体処理施設を作り、ゆくゆくはイノシシシ肉を嬉野市の特産品にしたい。そのためには若い猟師を育てていくのが目標。最近は、インターネット上で猟の様子を見ることが出来るクラウドファンディングも立ち上げ、全国の人が応援してくれている。嬉野の農家の方々のためにも、もっと活動の幅を広げていきたい。