移住者インタビュー

実際に佐賀県へ移住した方々に、移住のきっかけ・住んでみて良かった事・苦労した事等々、移住までの経緯や佐賀県での生活についてインタビューしました。何か移住の参考になるかもしれません。

廣部 慧さん
interview 062016.03.14 UP

若い世代に伝統工芸を伝えるため奔走元広告代理店マンの有田焼プロデューサー。

廣部 慧さん
廣部 慧さん
東京と有田町の二拠点生活
移住歴・・3年
現在の仕事・・有田焼プロデューサー

移住の目的・・有田焼創業400年というタイミングに運命を感じて
移住して良かったこと・・日本の強みを理解出来るようになったこと
移住して変わったこと・・自分の人生観が変わった
移住して不便だったこと・・特になし

有田焼プロデューサーとして、伝統工芸である有田焼の新しい市場開発に取り組んでいる。
2012年、新卒で入社した大手広告代理店から独立した廣部さんはその4年後に有田焼が創業400年を迎えることを知る。

「400年というタイミングは今しかない、運命的だし、もっと若い世代に伝統工芸を伝えていくチャンスだと思いました」。
思い立ったら即行動。すぐに有田と東京の二拠点生活が始まった。滋賀県出身で大学は東京だった廣部さんにとって、
有田は元々縁もゆかりもなく、知人はほぼ皆無だった。しかし、有田での暮らしを通じて「日本の強みを理解出来るようになった」と語る。

「お寺の若和尚のもとで、毎週朝7時から座禅を教わったり、近所の酒屋さんでみんなが自然に集まって始まる予定なき飲み会など、地域や人との触れ合いを通じて、自分の人生観も変わりました」。さらに「歩くことが楽しくなった」という。

散歩をしていると、オシャレなショップの隣に、佐賀の七賢人にまつわる神社があるなど歴史が生活のあちこちにとけこんでいる。
車ではなく、歩きという目線で発見できる楽しみがあった。「あちこちを飛び回っていまして、有田にいる時はシェアハウスに泊まったりしています。私の暮らしは有田とつながっていますし、有田を活かした生活をしています」今日も廣部さんは、有田と日本中を飛び回っている。